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LAKOTA WOMAN

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今日2月27日は若きインディアンの戦士たちがウーンデッド・ニーを占拠し独立を
宣言してから40年となる。合衆国軍隊と71日間にわたる闘いで彼らの内2人が亡く
なる最中、一人の男の子が産まれた。その若き母親として歴史に名を残したのが、
この2月14日にスピリットの世界に旅立ったマリー・クロードッグだ。
ぼくが初めてマリーと会ったのは、たしか’94年の夏、NY北部の森の中にあるグラ
フトン・ピース・パゴダだったと思う。その年の2月に行なわれたアメリカ大陸横断
のWALK for JUSTICEに参加して、一時帰国した後ゴールのワシントンDCに駆けつ
けた。
その後リーダーのデニス(バンクス)始めウォーカー有志は、デニスと縁の深い日本
山妙法寺のジュン庵主さんのグラフトン・ピース・パゴダにて、この近隣のシックス・
ネーションズらの人たちとの交流を兼ねたスピリチュアル・ギャザリングを開くため
に移動した。
そこでウォークに来ていたと思われるマリー・クロードッグに会った。
マリーのウーンデッド・ニーでの出産含めた自伝「LAKOTA WOMAN」が、ぼくら
ビッグマウンテンの仲間である石川ズニが翻訳し、それを読んでいたこともあって、
その人となりは知っていたつもりだった。またかつてのインディアンたちのWALKで
のマリーの激しさも、それに参加していた先人たちから聞いていた。
でも初めて会ったマリーはとても穏やかな人で、自分の思っていた印象とはずいぶん
違っていた。しかし、ジュンさんのお寺でスウェット・ロッジがあり、そのマリーが
リードする女性スウェットに入った女性たちから口々にそのレジェンドに相応しい感
想を聞く事となった。
通常スウェット・ロッジに使う石の数はだいたい決まっている。それでも女性のスウ
ェットは熱くて長いのが定番だ。しかしマリーがリードするロッジでは、最初から真
っ赤に焼けた石を際限なく積み上げていって、まるで富士山のような大きな火山が出
来るのだと言う。そこに水をバシャバシャかけるのだから想像を絶する。案の定、中
に入った人の殆どは最初のラウンドが終わると飛び出していき、最後に残ったのはマ
リー本人以外では、ジュンさんとカオリコだけだったと言う。
祈りの強さ、祈りへの厳しさの、その現れだと思う。
その後、またWALK一団はパイプストーンで行なわれていたAIMサンダンスに出かけ
るためキャラバンを組んで移動した。ぼくらも自前の古いダッヂVANで、先ずはサウ
スダコタのクロードッグ・パラダイスでのサンダンスに向かい、その後パイプストー
ンに行った。
そのサンダンスが始まる直前だったか、チーフ・クロードッグの誘いで、ウーンデッド
・ニー・ヴェテランの一人でもあり、またすごくカッコいいティピを作っていた今は亡
きジェリー・ロイの家におじゃました。
そこにはデニスやこのサンダンスのチーフをしていたクライド(ベルコート)ら有名
なAIMリーダーたちこそ来ていなかったが、ウーンデッド・ニー占拠のウォー・チー
フだったカーター・キャンプやチーフ・クロードッグ、そしてマリーたちが揃っていた。
そしてウワサでは聞いていたがまだ上映される前の、そのテレビ映画化された
LAKOTA WOMANのビデオをマリーが持っていて、それをみんなで一緒に観る機会に
恵まれた。
ドラマが始まると、その時代の彼らの過酷な現実が素晴らしく描かれていて一気に引き
込まれた。
若きマリーと、当時のボーイフレンドとの恋の場面では、息子のペドロが「これがオレ
の親父か?」と聞くと、すかさずマリーは「これじゃない!」。
そしてウーンデッド・ニー占拠のクライマックスである、子どもを産むシーンを、その
実際のマリーと、そしてそこで産まれた子どもであるペドロと一緒に観る。
また他のいろいろなシーンでは、「そこはその通りだ」「ここは少し違う」と、本物た
ちがコメントする。
TVの中ではAIMのスピリチュアル・リーダーとして聖なるパイプを手に銃弾飛び交う中
で儀式を行うクロードッグ(役)を観ている。外では本物のチーフ・クロードッグ自ら
マリーの故障したインディアン・カーのボンネットを開けて修理していて、中からの質
問に時折応えていた。
主人公のマリーはもちろんその家で観ているAIMリーダー達の役を、その名前で演じる
ネイティブの役者たち。実在の彼らの特徴や言い方もけっこう真似ていて、実際カータ
ー・キャンプなんかはそっくりだった。
しかし、だんだん観ながらヘンな気分になってきた。
実際この時は、本当に吹き出しそうになるくらいおかしな時間だった。起こった現実は
シリアスで、リアルなことだ。けれど、それを必死で演じるネイティブな役者より、ど
う見てもここに居る本物たちの方が何倍も迫力があるし、当たり前だがリアルなのであ
る。
我ながらスゴいシチュエーションにいるもんだ、と今思い出しても頭がクラッとする。
そんなマリーに最後に会ったのは、それから数年後のビッグマウンテンでのサンダンス
だった。
まだニッパシさんが元気だったから、’96,7年頃だっただろうか。
ぼくら日本人のキャンプにも遊びに来てくれてLongest Walk以来、旧くからの友人で
あったニッパシさんの言うジョークに笑っていたな。
相変わらず穏やかなマリーだったけれど、やはりその静かな姿の中にも生きてきた時代
とその生き様は、その存在から伺えた。
オヒティカ(BRAVE)ウーマン、マリー、そして旅立った多くの勇者たち、後に続く
我ら全てをこれからも見守ってください。
ALL OUR RELATIONS !
http://www.nativenewsnetwork.com/lakota-woman-mary-brave-bird-to-be-laid-to-rest-today.html

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泊原発へ!!アイヌの花矢!

友だちの吉村ケンちゃんから一枚の写真が送られてきた。
ケンちゃんは、前にも書いたがNEO(Nishiki Entertaining Outdoors)という屋号で
、夏の間は山口県岩国の錦帯橋の下を流れる錦川上流でラフティングやカヌーのガ
イドをやって、冬になれば北海道ニセコでスノボやバックカントリーのガイドをや
るアウトドア・マンだ。
でも、昨今、西日本有数の透明度を誇る清流、錦川の上流にはまたぞろ時代遅れのダ
ム計画があり、それと闘いながら、また川を下った瀬戸内海の少し西にはご存知上関
原発計画が進められていて、その埋め立て阻止にもシーカヤックで連れ合いのシホち
ゃん共々頑張っている。
ぼくら瀬戸内カヤック横断隊の隊長でもある海洋ジャーナリストの内田正洋さんが言
う「アウトドアって言うのは野外と訳されてはいるが、その真の意味においては環境
そのものだからよ〜!だからアウトドア・マンこそが、環境活動の最たる者であるべ
きなんだぜ〜」なんてことを最近聞いて大いに納得したのだが、このケンちゃんや同
じくシーカヤッカーの原(康司)くんたちこそ、それを地で行く真のアウトドア・マ
ンだと思うのだ。
そのケンちゃんの冬のフィールドのニセコの、その遠くない場所に今回全国的に有名
となった泊原発がある。
世界的にも最上級の絶好のパウダースノーが味わえるニセコ。そのオンシーズンであ
る冬場が特に泊からの風下となり、事故の懸念はもちろん、通常時でも微量の放射能
が原発から放出されていることを日々心配すると、ケンちゃんは常々語っていた。
ケンちゃんとは2008年だったか、広島の平和公園から山口の県庁までピースウォーク
で一緒に歩いたことがあった。そして瀬戸内カヤック横断隊や虹のカヤック隊でも一
緒に海を共にした。また参加は出来なかったが、錦川の里山のダム計画地からカヌー
で川を下って、河口の近くにある岩国の米軍基地を巡り、そしてシーカヤックに乗り
換えて上関原発予定地まで漕ぐ、そんな「水をつなぐウォーク」も主催したり、前岩
国市長と基地問題にも積極的に関わったりと。そんな自然環境、反核、平和を信念に
、日々アウトドアで活動するケンちゃんはまた広島生まれの被曝2世でもある。
そんなケンちゃんが昨年秋に北海道に出向く時、大阪にやってきて一泊していった。
その時に「電気の道をさかのぼる さっぽろ〜泊ピースウォーク」の話を聞いたのだ。
その時は泊が定期検査で止まる最後の原発になることは、今ほど意識してなかったよ
うに思うけれど、それは素晴らしい!と思ったのは憶えている。なぜなら、北海道は
日本であるけれど、それ以前にアイヌモシリという名前で永年呼ばれてきたアイヌの
人たちの住む平和な大地だからだ。
ぼくも若い頃、インディアンの人と親交を深めると同時に、同じ先住民として同じよ
うな過酷な運命を押し付けられてきた、この国の先住民であるアイヌの人たちともご
縁が出来て、北海道アイヌモシリにも何度か訪ねたことがある。その中には’88にイン
ディアンの人たちがアメリカ大陸の東オノンダガのクニから西海岸まで走り、太平洋
を渡って広島から伊方原発や浜岡、東海原発、建設中の六ヶ所村再処理工場を経由し
て泊原発、そして核廃棄物処理場の予定地だった幌延まで走った「SACRED RUN~大
地と生命のためのランニング」を迎えたアイヌの人たちもいた。
そんなアイヌモシリに押し付けられた数々の理不尽さの、その大きな象徴でもある泊
原発まで、祈りを携え歩くという仲間の想いがうれしいし、そしてこれはアイヌの人
にも繋がり、共に歩ければ尚いいな、と思ったのは当然だ。それで、ぜひアイヌの人
にもそのことを伝えて出来れば一緒に歩いて欲しいとお願いした。ケンちゃんも、地
元サッポロにはアイヌの人たちと懇意の友人もいるので当然伝わると思う、と。
そして翌朝早くケンちゃんは出発した。いつもは舞鶴からフェリーで北海道に向かう
のだが、今回は福島を訪ね、東北を巡りながら陸路で北上すると言い残して。
そして3月に入った頃だったか、ウォークを予定通り行うにあたって、インディアン
の人に倣って毎朝セージを焚いてから出発したい。それでセージを分けてくれないか
と連絡があった。ウォークの予定は前にも聞いていたが、本当は昨年の大地震そして
原発事故が起きた3/11にしたいところであるが、北海道はまだ雪が多く、それで一ヶ
月後の4/11から歩き始めると言う。
セージというのはアメリカ大陸の多くの場所で自生する植物で、インディアンの多く
の部族がセレモニーの前はもちろん何か事を起こすときに、乾燥させたセージの葉に
火をつけて、その清浄な香りとともにその煙が自分を浄め、その場所を浄めるために
使われる。たぶんこの日本でも太古には杉や檜の葉やヨモギなどで同じような目的で
使われていたのが、発展して線香やお香になっていったんだろうと思う。
ぼくはインディアンの人のセレモニーや精神的なウォークで、その使い方と効果をた
くさん体験していたので普段も時々それこそ線香代わりに仏壇でも焚いたりする。
もちろん買ったりしたことはなく、以前はアメリカで自分で摘んで持ち帰っていたり、
また現地に行った仲間がおみやげ代わりにくれたりするから、いつもけっこう身近に
ある。それで、今回は昨年のThe Longest Walk 3に参加して、ゴールのあとデニス・
バンクス氏がはじめたサンダンスに参加した7Generations Walkを主催する山ちゃんか
らいただいたセージがあったので、これを送ることにした。
山ちゃんがLongest Walkの出発地で自ら摘んだセージ。その山ちゃんは今年の3月11日
に沖縄から7Generations Walkを歩き始めていて、たぶん同じセージを毎朝焚いてウォ
ーカーの無事とその祈りが無事に運ばれることを祈ってるんだろうな、と想い、これは
いいなと思いながら。
もちろん山ちゃんともケンちゃんは上関で共に出会った仲間でもある。
そんな同じ亀の島アメリカ大陸を歩いて運ばれたセージが、日本列島の南と北で共に
祈りのウォークをその煙で、そしてぼくらの住むのこの大地、いまや放射能で痛めつ
けられたこの龍の島ヤポネシアを清め、癒してくれることもイマジンしながら!
さて、それから泊ウォークは無事に行われてはいるんだろう、とは思いながらも近況
も聞くことなく過ごしていたら、参加した誰かから無事に終わった!とケンちゃんと
一緒に写った写真がfacebookで目にすることが出来た。
そして先月アースデイ瀬戸内に行った時、今度は錦川に戻った直後のケンちゃんと久
しぶりに再会して、そこでゆっくりウォークのことを聞くことができた。その時ケン
ちゃんが持参して、アースデイでも祭壇のように祀ったのが、アイヌの人からそのウ
ォークにと頂いたイナウだった。
イナウというのは柳の木などを削って、その削った部分がクルクルとカールしたまま
残したもので、これを儀式の祭壇などに立てて捧げものとする。
以前アイヌの長老からは、神道で使う紙のお祓い棒のような御幣の原型だ、と聞いた
こともある。
でも、ケンちゃんの持ってきたイナウは先が鳥の顔のような形に彫られていて、タカ
かなにかの美しい大きな羽が付けられていた。それもそのはず、これを作ってくれた
のは石井ポンペさんというアイヌのエカシ(男の長老)で、インディアン運動のリー
ダーであるデニス・バンクス氏や喜納昌吉さんたちとSACRED RUNを何度も行って、
アメリカ、オノンダガにも駆けつけたこともある人だった。
ぼくも何度かお会いしたことあるポンペさんの、そんな数々の体験から想像するに、
インディアンたちが精神的な行為として走ったり歩いたりするときに、そのシンボル
であると同時にスピリットを運ぶ依代としての杖(彼らはスタッフと呼ぶ)、時には
イーグルフェザーやワシの爪や頭などで飾られた聖なる杖をイメージして、それでア
イヌ式のスタッフを作ってくれたんだな、と理解した。
それをこのウォークのリーダーが手にもって先導するように、とスタートの時に渡さ
れたんだと言う。
また、ポンペさんはウォークの最後にも現れて、今度は自作の弓と矢をもってきたの
だと。それをリーダーであるケンちゃんに手渡して、最後の泊原発を一望出来る場所
で、その原発に向けて、この矢を射て!もう2度と動くことのないよう、泊原発に向け
て高らかに射て!と言ったのだと。
その話をケンちゃんから聞いて、それは本当にスゴいことだと思った。
ぼくにはいままでインディアンの人たちがこの日本列島にやってきて、核のない未来
を祈って駆け抜けた’88年ドラゴン・イヤーからふた巡りの龍の年に、アイヌの矢が泊
原発に放たれたことの、その一連のつながりを思い起こしてうれしくなった!
アイヌの人の作る矢は、もちろん実用的なシカやクマを狩る狩猟用の矢もあっただろ
うが、一般には花矢という名前で、いまでも北海道のアイヌの観光土産でも売られて
いる。ぼくも以前’88や’90年のSACRED RUNに関わった旭川アイヌ記念館の川村シン
リツ・エアオリパック・アイヌ兼一さんからもらったこともある。
この花矢はイナウと同じように木の先端を削ったまま残して、そこにアイヌのシャー
マニックな文様を刻む。でも、これは本来はイオマンテなどでカムイとされるクマや
シマフクロウの魂をあの世に送る時に使うすごく神聖なものだったと聞く。それはカ
ムイの化身であるクマたちを、もてなして、喜こばせてカムイのクニに送り、またこ
の世にたくさん仲間を連れて帰って来てもらうための儀式に使われるものだと。
しかし今回の矢が花矢であったかどうかは、そこにいなかったので知る由はないが、
でもきっとポンペ・エカシの心の中には、なにかしらの魂送りの気持ちもあったので
はないか、と勝手に想像が膨らむのだ。
もちろん原発という怪物が、喜んでアノ世に帰って、そして再びたくさんの仲間を連
れてまた戻ってきても困るように、破魔矢という側面も多分にあったろうとは思うけ
れど。
でも、かつてインディアンの人から、ウランは地中深くにあってこそ母なる大地の内
蔵の一つとして、お母さんを健全に保つ役目があるんだ、と。その母なる大地を無理
やり切り裂き、その子どもでもあるウランを奪って、怪物に育てたのは人間なんだ、
って。
そして育った怪物が原爆であり、原発だ。だから、ウラン自体に罪はなく、欲にまみ
れた人間こそ罪が深いのだ。なので、もう決してウランを掘り起こすことなく、母な
る大地に静かに還さねばならないのだ、と。
ぼくは、ポンペ・エカシが作ってケンちゃんが射た矢には、そんな先住民としての生
命観 ”大地はすべてのお母さんで、水も木も石も空気も、そして生けとし生けるいのち
すべてはつながっている”という、そんな大いなる気持ちが込められていたんじゃない
かなあ、と想像するのである。
原発とされた大地の子、そのウランの魂を再び母なるモシリ(大地)に還し、もう2度
と、決して燃やされることのないよう、大いなる祈りを込めて!
ポンペさん、ケンちゃんありがとう!
ALL OUR RELATIONS !
HO !!
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THINK THE FUTURE !!

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昨年の3月10日、SLOW Turtle春夏のカタログを発送し終えて一息ついたので、夕方、
友だちの岡野くんに電話した。すると、今日は娘のあかりちゃんの高校の卒業式だっ
たから家でお祝いするから来ないかとお誘いがあった。
ソロはもちろん、天空オーケストラ、風の楽団、バンブー・シダー・オークで世界的
もに活動する岡野弘幹。考えればもう長い付き合いで、虹の祭りやヒロシマ原爆の残
り火を各地で灯すムーブメントや、そしてWorld Peace & Prayer Day 2004 JAPAN開
催の事務局などを一緒にやってきたことは前にも書いたとおりだが、お互いの子ども
たちが年も近いこともあって家族ぐるみのつきあいも長い。
岡野君のコンサートの時やフジロックの苗場での初めての夏、翌年ヒロシマの火と共
に行ったイギリスのグラストンベリー・フェスティバルでも、小さかった子どもたち
は自由に遊び回っていた。そのあかりちゃんも高校卒業か、とうれしくなって、それ
でお言葉に甘えて出かけて行った。
あかりちゃんは中学の頃は和歌山の紀の川上流にある全寮制のフリースクールに通い
、その後高校では見事なギャルに変身し、そして17才でシングルママになった!!
この日も1才を過ぎたばかりの愛娘のあいねちゃんをだっこするヤングママだったけど
、ママになってからはすごく大人になった。考えれば少し前の日本や、いまでもイン
ディアンたちの世界では17才くらいで母親になることは当たり前だけどね。もちろん
あかりちゃんはシングルママを選んだから、その分岡野君がヤングじいじとしてサポ
ートし、あかりちゃんの弟の高校生のヒロくんもヤングなおじさんをやり、家族みん
なで支えている様子が見ていて微笑ましい!
そんなファミリーでのお祝いの夕食はとても楽しくて、その頃しばらく続けていた禁
酒もこの日はひとまず解禁し、楽しいひと時とさせてもらった。
そんなパーティもたけなわの頃、自然と話題が原発のこととなった。
ちょうどその頃、山口県上関町での原発予定地、田ノ浦海岸で中国電力担当者と、雇
われた警備員500人。それに工事作業員たちが大挙して、予定地海岸埋め立てを強行
しようと押し掛けてきた。そしてそれを監視する警察官、海上保安庁などと、それに
反対する対岸3,5kの祝島の島民とシーカヤッカー有志、地元上関や近隣からの人たち、
加えて全国から集まって来た人たちとの間で、一発触発のにらみ合いの事態がもう一
ヶ月近く続いていたからね。
また、それを連日U-STREAMで流していたから、そんな話が自然と出たのはしょうが
ない。
ぼくは忙しい日々と重なって駆けつけられずにいたけれど、たくさん仲間や天空のメ
ンバーも行ってたりして、それもあって主に岡野君に話をしたつもりだった。
そしたらあかりちゃんがその話題に積極的応えるではないの〜!聞くとすごく原発の
ことにも詳しくて、チェルノブイリ事故にも精通していてビックリした。
もちろん、あかりちゃんは岡野君の娘として、小さい頃からイギリスのフェスに毎年
通っていたり、海外、国内関わらずミュージシャンやアーティスト、ピースムーブメ
ントに関わる人たちが家に泊まり込んでいたり、また日本中コンサートで連れて行か
れて、その先々でいろんな活動、暮らしをする人たちと出会っていたりしているから
、知らず知らずに耳や体験を通して、他の同世代に比べていろんなことの知識がある
のは理解できる。
けれど、つい最近のギャル時代を何年か見ていたから、そんな社会的なことに興味が
あるなんて、それほど思っても見なかったから、ちょっとビックリだ!
でも聞いてみると、中学のフリースクールの時の卒業発表かなにかで、チェルノブイ
リ事故をテーマに選んで自分で積極的に学んだという。だから、原発がひとたび事故
を起こすとどうなるか、何をもたらすのか、をなるほど良〜く知っているのだ。
だから上関原発はぜったいダメ!原発はありえない!と言う。
そんな話をあかりちゃんやヒロくんとしながら、その時思ったのは、「あぁ、彼らこ
そがこれからの未来に生きて行かなければいけない世代なんだ。そして、あいねちゃ
んたち次の世代に世界を繋げていかなければいけないリアルな現実があるんだな!」
って。
そしてそれは、ぼくらがあかりちゃんたちが小さい頃に、そんな自分やまわりの子ど
もたちを持つ親になった頃に感じた、理屈を抜きにした、同じ切実なリアリティだっ
たってことも思い出した。
そんな次の世代の想いがすごくうれしくて、久しぶりのワインも進み、心地良いまま
この日は岡野君ちに泊めてもらった。
翌日、いい酔いが残る朝を迎えてモーニングコーヒーをいただき、そのまま仕事場に
戻った。まだ少し酔いが残る感じで、水を飲んだりしながらスタジオでくつろいでい
た頃だったか、あの2時46分がやってきた。
ここ大阪北区の西天満にある仕事場は、太平洋戦争で大空襲を受け一面火の海になっ
た際にもまぬがれて、またバブルの頃の地上げの嵐にも生き残った築100年の古民家
を改装したところ。
この2ヶ月半前まではLOTUSROOTSという名前でカフェ・ギャラリー・ショップをや
っていて、ぼくも内装、ショップ、イベントなどに関わっていた。
その屋根の上には8枚のソーラーパネルを載せて、独立系ソーラーシステムで照明と
音響を賄い、その貯めた太陽からの電気を使いSOLAR LIVE、SOLAR CINEMAと銘打
って月一くらいで続けていた。そんな古い、けれども個性的な建物を仕事場にして、
時には寝泊まりもしていた。
この日、3月11日2時46分は大阪でも場所によって違ったみたいだが、ここはゆっくり
と揺れる感じが続いて、最初は昨夜のワインが残ってめまいがするのか、とほんとに
思ったほどだった。
けっこう長く、というか何度か揺れたのかな?なので、スペースを飾るつり下げたオ
ーナメントが揺れているのを見て初めて、あ!地震だ、と気がついた。すると電話が
鳴って「いま地震あったけど、だいじょーぶ?」と心配する彼女からだった。
同じ大阪市内でも、そっちは少し大きかったみたいだ。そうして事の全容が少しずつ
分かってきて、事態の大変さに凍り付いた。
神奈川に住む娘の安否の確認のため、最初の頃はなんとか電話はつながって、話がで
きたので安心した。ここにはテレビは置いてないので、主にネットからの情報や映像
と、すぐにラジオをNHKに切り替えて、逐一ニュースを聞いていた。
そうして夕方になった頃、岡野君からも電話があって、いろいろと話していたら、ラ
ジオから福島原発での深刻な事態を知らせるニュースが流れた。それをすぐに岡野君
に伝えると、「ウソやん!」って、、、会話が凍り付いたことを今でも鮮明に覚えて
いる。
最初はやっぱり震源地に近い分、宮城の女川原発が心配で、いつものことながら原発
で何か起きているという情報は、めったに知らされることがないから、その動向を注
意深くチェックしていた。ここで火災が起きているというニュースもあり、やっぱり
何かが起きている!と緊張しながら、事の推移を注視していたら、まさか福島が!そ
れも複数で起きるとは!!それこそ夢にも思いたくもない事態が現実化した。
まあ、ここからの話はみんな体験して、そして一年後のいまも続く事態となっている
ので、あえてもう書かないけれど。
さて、その数日後、岡野君から連絡があった。あかりちゃんたちが同世代の若者たち
といっしょにNO NUKESのデモを考えているから、もし時間があれば、その第一回目
のミーティングに来て、いままでのピースウォークの話や経験から何かアドバイスと
かあったらしてやってくれへん?と言われた。
もちろんアドバイスうんぬんよりも、若い世代が自発的に動き出した!そのことがう
れしくて、先ずはそんな想いを感じたくて出かけて行った。
会場となったチャクラという友だちの店で、あかりちゃんとフリースクール時代の友
だちが来ていた。そこに岡野君とチャクラのあっちゃん、自分含めて数人の親の世代
が参加して最初のミーティングがあった。
4月に大阪で長年、脱原発の活動を行っている人たちが主宰するNO NUKESデモが予
定されてるから、先ずはそこに合流して一緒にやればどうか?そんな話をしたけど、
最初のプランでは別の日に若者だけでやってみたい、とあかりちゃんたちは言う。
その頃、脱原発じゃないけれどフリーチベットのデモなんかも大阪であって、それを
主宰したあっちゃんも言ってたのが、右翼団体が押し掛けて来て、ヒドい言葉やイヤ
な言葉も浴びせられたりした。そんな経験から、デモとか経験のない若い人たちが、
いきなりそんな洗礼?を受けるのはどうか〜?と。はじめてデモを体験する若い世代
が、そんな過激な言葉をいきなり浴びさせられたらどうなのか?という親心にも似た
気持ちだろう。
あかりちゃんも、「自分は親や家庭環境で原発とかの危険性は知ってるからいいけど
、周りの同世代の友だちは、原発がないと電気が足りないと普通に思っているし、そ
の危険性や矛盾なんかを疑問に思ったり、関心持ってる友だちはおらんから、だから
そんなフツーの友だちにこそ知ってもらう為に、もっと楽しい感じで、先ずは始めて
いきたいねん!」と言う。
もちろんフクシマが大変になり、それが続いている直後の時期だったから、それ以前
とはだいぶ状況も変わっていたけれど、まだその頃の一般のテレビや新聞とかマスコ
ミは、いまだ政府や東電の発表を追従する報道が多く、メルトダウンや健康への深刻
な被害などを伝えるニュース等は圧倒的にネットを見て調べている人に限られていた
と思う。
そんななかでのあかりちゃんたちの切なる想いは、それなりによく理解できた。この
時も思ったのは、このいま起きつつある大変な事態は、自分たち若い世代がこれから
長い時間つきあっていかなければいけないことだと本能で感じている感覚なんだ、っ
てこと。そしてあかりちゃんは直接あいねちゃんという、次の世代の小さな子どもを
抱えるなかで感じる、切実な問題のリアリティだということだ。
でも、その切実で深刻な事態に対して出口が見えないもどかしさと、それでも光を求
めて動かざるを得ない衝動に突き動かされている、そんな現実は伝わってくる。
それはもちろん若い世代に限らず、この事態に直面したもの全員が感じている生存本
能のようなものだろう。でも、チェルノブイリ事故の教訓から何も学べなかった日本
のいま生きている全員が、この事態を前にやりきれない想いを抱き、硬直するしかな
い中で、少数の大人たちが子どもを先ず守ろう、妊婦や若い母親、女性たちを守ろう
と動き出し、それと連動するかのように、自分たちの未来をどう選択し、どう答を出
して行くのかが、いまこの瞬間に切実に問われている!そんな若い世代が動き出した
のは必然だ!
とにかく未来を想像し、思考を停止させずに、先ずは必死に考えていくしかない!
そうして、少しでも前を向こう!進んでいこうと!そんな先ずは小さな動きでも、ど
んなアイデアや動機でもいいから見つけていきたい、そんな必死の想いだけはひしひ
しと伝わってくる。。なので、デモやウォークという行動の前に、定期的に若者たち
が集まって、「しゃべり場」のようなミーティング?イベント?サロン??タイトル
はなんでもいいから、そんな場を重ねたら?って。そんなことだけアドバイスさせて
もらった。
そんな若者たちの動きは、やっぱりすごいね!早い!あっと言う間に形を取り始めて
、翌月だったか、岡野君や桑名晴子さんたち親世代の賛同そして参加協力も得て
Think the futureというイベントを開催!その後も「若者会議」という名前で定期的な
集まりを続け、少しづつ同じ想いを持つ同世代の参加者も増えていった。
2010年秋の生物多様性国際会議で無期限断食に参加した、モモの家の若者ゲンちゃん
や、3/11の地震の少し前に上関原発計画中止を訴えて広島の中国電力前でハンガース
トライキを行った20才前後の若者たちと必然的に繋がって、夏の暑い頃にはその仲間
たちが東京の経産省の前で原発廃止を訴えて10日間のハンガーストライキを行ったり
もした。
また福井の原発銀座近くに合宿に出かけたり、イベントを和歌山バグースなどで開催
したり、また関西電力本社前で座り込みを続けたり、そんなメンバーたちが原発の是
非を問う、市民投票の署名集めにも積極的に関わっていく。
そんな年明けて成人式の頃、今はあかりちゃんのパートナーとしても、共にいい感じ
でやっているゲンちゃんが成人式を迎えるにあたり、10代20代の若者たちが数人、京
都比叡山から大阪まで何十時間も夜も寝ずに歩き、その事をもって成人式のお祝いと
したりして!!かなりサイコーにやってるね!
今やぼくは、そんな彼らに背中を押され、申し訳程度に署名を集めるのを手伝ったり
(苦笑)、連中の元気で純粋な行動力から、ともすれば暗くなりがちの、このいまの
時勢に大変元気をもらってる次第なのです!
この前もあかりちゃんがお父さんへのバレンタイン・デーのプレゼントにTシャツを
見に来てくれて、自分用や弟のヒロくん、ゲンちゃん用にも買ってくれた。その時に
、今度は若者たちで、NO NUKESのフリーペーパーを作るって言うから、ぼくも一口
賛同することにした。そして後日連絡があって、SLOW Turtle Tシャツは周りの若い
友だちがカッコいいと言ってくれるので、ぜひファッションページに載せたいと聞い
て、うれしかった!!
そして先日一年目の3/11バイバイ原発OSAKAデモであかりちゃんに会ったら、その
フリーペーパーが完成したって見せてくれた!
その名もTHINK THE FUTURE !!

こんなフリーペーパーなんて、もちろん今まで作ったことないから、お金も含めてけ
っこう大変だったみたいだけど、若者たちで手分けして一生懸命作ったそうだ!!
これは自分たちと同世代で、いままで原発のことなんかに無関心だったり、事実や情
報が知らされてないから、あんまり詳しく知らないまだまだ多くの若い人たちにこそ
知って欲しい!って。そんな想いで作ったフリーペーパーだって聞いて、すごくうれ
しかったし、なんか「ありがとう〜!」って、ね。。。
自分たちの未来を真剣に考えて、そして行動し始めた、そんな世代。ぼくらの娘や息
子たちの世代。ゲンちゃんはこの日3/11から沖縄を出発して日本を縦断するピースウ
ォーク7Generations Walkで歩き始めたしね!
インディアンの人たちに学んだ7世代先の世代、未来の子どもたちのことを考えて行
動する。そんな虹の戦士の時代がやってきた!それこそが希望だし、光だ!
彼らの活動はfacebookにもアップされています♫
https://www.facebook.com/pages/THINK-THE-FUTURE-No-Nukes-Vol1/254082654671174?ref=ts
THINK THE FUTURE !!
(あかりちゃん、あいねちゃん♫ 3/11 バイバイ原発OSAKA)
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Rolling Dragon 2012

蒼いドラゴン、聖なる水のスピリット!
古来、太陽のぼる東の方角を守護するとも伝えられる
龍のかたちのこの列島、母なるヤポネシア、日いづる瑞穂のくに、
とりまく大いなる水の世界よ!
虹のように光り輝く八百万の神々、多様なる生命(いのち)
母なる島々、銀河系宇宙の大海に浮かぶ、この星の島より
核なる災いを、その毒を浄めてください
渦巻く蒼い、虹の龍よ!
NO NUKES ONE LOVE
YAPONESIA NUKES-FREE WAY
NO MORE !
HIROSHIMA
NAGASAKI
DAI 5 FUKURYUMARU
TOKAIMURA
NEVER AGAIN ! !
FUKUSHIMA
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1年目の3.11を前に新しいTシャツのデザインすすめています!

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I see my light come shining….

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2012年がはじまりました。
昨年は、あの311の大きな大きな出来事に打ちのめされ、心砕かれたような日々が続い
ていました。
もちろん、いまも続く大きな傷跡と原発事故の終わりのない、出口の見えない状況にや
るせない想いは続いています。
でも、しかし
I see my light come shining….
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時はいま、古代の賢者たちに予言された大変化の大本命!2012年!!
そしてYear Of The Dragon!
何かが起きるのをビクビクしながら待っているような日々は、もう終わりにしたい!
逆に何かを夢見て、それをビジョン!光として、その方向に向かっていきましょう!!
We see our light come shining….
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原子力、戦争、エネルギー、食料、経済、、、1%のものたちが富を独占し支配する、
そんな闇の時代の終わり。
Rolling Dragon Year 2012!世界中でROLLIN’99%の虹の龍たちが大ウズ巻き起こす、
光の祝祭!!虹の祭り!!いのちの祭り!!
Any Day NOW !
We Shall Be Released〜!

2012年ボクらはすべて解き放たれ、光に包まれ、自由になる!!
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*311以降はいろいろ想うところ、考えるところが多くありまして、秋冬のデザイン、
アイテムは少なくなってしまいました。しかしNO NUKESでONE LOVEなデザイン、
またTOHOKU支援を目的としたロング・スリーブ、ラグラン3/4スリーブなど 、新た
に展開していますので、よければCHECKしてみてください!
http://www.slowturtle.net/
またこの新春より春夏に向けては、よりポジティブな光のバイブレーションを自分自身
も発信しようと、新しいデザイン、Tシャツを創っていきたいと思っています。
今年もどうぞよろしくお願いいたしま〜す。        
ハル・スロータートル拝
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*1/4 ECOLOGY STYLE MAGAZINE ” KINARI 「キナリ」” 06 にSLOW Turtle Tシャツ掲載されています!(来日していたナバホ・インディアンの友人ノーマンも写っています!) 
 http://www.kinarimagazine.com/news.html
Jerry Garcia Band – I Shall Be Released –
http://youtu.be/tsyPl0_LrwA

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GIFT

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朝いつもの公園を散歩し始めたら、海外からと思しき見知らぬ番号で携帯が鳴った。
出ると「ナムミョーホーレンゲーキョー」と聞き覚えのある声が。
NYの日本山妙法寺グラフトン道場の安田純庵主さんからだった。
そうだ!お寺では丁度、お釈迦さまの悟りを開かれた12月8日に向けた毎年恒例の臘
八接心という、一週間断食修行の時だ。ちょうどパールハーバー・デイでもあり、
10年前のこの時期、一度ハワイのパールハーバーを前に「原爆の火」と共に一緒にお
断食をやったこと。
また、だいぶ昔(’92)に純さんのお寺で雪の中一週間の断食やって、そしてカナダのイ
ンディアンのクニまでウォークしたこともあったから、それで電話をした、と仰る。
もちろん話は311以降の原発を巡る状況や、それに対するアクションのことなどが中
心となった。純さんたちはNY州の老朽化する原発の停止を求めて、祈りのウォーク
を行ったが、今度はヴァーモント州にある運転を始めて40年が来る原発の、その免許
の更新をさせないためのウォークを地元アメリカの人たち予定している、という。
また、来年明けて日本に一時戻った時に、他の日本山のお坊さんが計画している、各
地の原発を巡るウォークの、その最初の浜岡原発のあたりを歩きたい、とも言ってい
た。
来年は日本でもますますいろんなことが起きてくるだろう。
その一つには、また7generations Walkを主宰する山田俊尚くんが、沖縄から日本各
地を巡る祈りのウォークを始めることになっている。この山(田)ちゃんも天台宗
のお坊さんで、デニス・バンクスの縁で純さんとも昨年含めてアメリカ大陸を何度
も歩いた仲だ。
また、このとき一緒に歩いた若者の一人げんちゃんが、「若者会議」の仲間たちと一
緒に、いまも積極的に経産省や電力会社の前で断食したり、座り込んだりしているこ
とも伝えておいた。
そんな若者たちの活躍を聞いて、もちろん純さんが喜んだのは言うまでもない。
また上関で一緒だった仲間が、原発廃止を願ってピースウォークを予定していること
など、皆いろいろな動きに向けて、まさにムーヴメントの真っ最中だ。
純さんと親交深いデニス・バンクスも10月に、純さんのお寺に来られたみたいで、そ
の後日本に来て各地を回ったが、最後の大阪では体調が思わしくなく、イベントには
来れなかった。そんなデニスのかつての戦友たち、AIMの著名なリーダーであるラッ
セル・ミーンズも末期のガンで病床だと聞くし、またデニスが政治犯としてカリフォ
ルニア州以外に出る事が出来なかった’70年代当時に、デニスの代わりに初めて日本に
行って、純さんたちのお師匠さまである藤井日達上人に会ったリー・ブライトマンも、
いま脳溢血で入院している、と聞いた。
お見舞いに行った純さんに、当時のロンゲスト・ウォークや日達上人との出会いのこ
とばかりを話していたらしい。
そんな偉大なリーダーたちが、年老いていき、またスピリットの世界に帰っていくな
かで、その意思を受け継ぐ若者たちが、インディアンの世界だけではなく、世界中に
現れている、と思う。
まさに、母なる地球が息も絶え絶えになろうとするときに、肌の色の違う、世界中の
若者が、瀕死の地球を救うための仕事を始める。
さまざまな部族に伝わる”虹の戦士”の予言だ。
話がそんな話題にも広がりながら、また来年に向けて視界が開けてくるような、そん
な朝のひとときだった。
もう19年にもなる、その雪の中の一週間断食を一緒にやった仲間の一人、後にビッグ
マウンテン・サンダンスにも通い続けたユタカが、昨年バイクの事故で亡くなったけ
れど、そのパートナーのアヤが少し前に神戸に来て、一緒にご飯食べたりしたことや、
山ちゃんが2日前ひょこり現れて、来年の話をまた話し合ったり。
また上関で一緒にやった仲間で暑い時期を山口の錦川で川下り、冬はニセコで雪山を滑
るアウトドア・ガイドのケンちゃんが福島や六ヶ所村経由で北海道に行く前に、泊まり
がけでやってきてゆっくり話せたのも、ここ数日のことだったから、そんな話を伝えた。
またCandle JuneくんのLOVE FOR NIPPONの活動や、内田ボブさんや焼津のモコちゃ
んたちのマーシャル、ビキニ訪問の話も全部純さんに伝えておいた。
純さんも、ボブさんからもらったCD「いのちの道の上」のブックレットを開いて、
「原発葬送歌」の歌詞を見ていた、と言う。
純さんからも、もう何回も通っているというOWS(ウォール街占拠)の話や、その流
れが今もいい形で広がり、継続している話などもリアルに聞けて、本当にいいビジョン
・クエストのような時間になった。
さて、公園の中のいつも通る大きなクヌギの木の下を電話しながら歩いていると、落ち
葉の中に、小振りのきれいなタカの羽が一枚落ちていた。
それを拾い、手にもって、歩きながら小一時間ほど話を続けた。
その後軽くジョギングして元の道を戻り、下り坂ゆっくりと、その同じ木のところを回
り込む形で入ったら、なんとたくさん美しい同じタカの羽を見つけた!
純さんの電話から始まったステキな朝の時間に、うれしいギフトまでいただいた!
ALL OUR RELATIONS ! HO〜 !
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(美しいタカの羽と、その胸の綿毛のような羽毛。たぶんハイタカかな?いま、たくさん
の鴨なんかが近くの池に来ているから、それを求めてこの公園の森で冬を過ごすのかもし
れない。そんな池の一つで拾った蓮のガクと一緒に、仕事場の祭壇に置いた。)
http://youtu.be/feLuZCTW0lI
(この上の動画は純さんや、加藤上人、トビー上人が歩いた核のない世界を願うウォー
ク。加藤上人は、出家前はナナオ、ナーガや山尾三省さんたちコミューン運動”部族”の中
心人物の一人だったと聞いた。トビー上人も’92年、彼がまだ出家していない時、アメリカ
横断ウォークを共に歩いた仲だ。その後エンジニアだった彼に頼んで一緒に、ぼくの古い
ダッジ・バンのエンジンを積み替えてもらったこともある。たぶんアメリカ男性として初
めて日本山に出家したんじゃないかな?彼も永いあいだコミューンで暮らしていたヒッピ
ー世代の人で、少し変わり者だけど、いい人だ!)
追記*
この日の夕方、こんどはジュンはじゅんでもCandle Juneくんから電話が鳴った!
恒例のキャンドル・ナイトで大阪に来てると言う。それで会いに行って、ジュンくんと
もいろいろ話した。
ジュンくんも純さんとは旧知で、それで朝の続きのような話になった。
いまも福島や宮城、東北、東日本を回るジュンくんたち。キャンドルはもちろん灯して
いるが、いまも物資を運び、大工仕事もやるという。311から時間がたち、残った人は
出るに出れない状況の中で、やはり被災した人たちの中には、心が荒んで争いも起きた
りしている、と言う。これからますます寒い時期を迎えるが、それに対する対策も遅れ
ているらしい。
先ずは今年いっぱい通いつめて、出来ることをやって、この寒い時期をなんとか乗り切
り、そして一年が来る来年の311までが、本当に正念場だ、と語る。
ジュンくんの言葉は静かだが重い。
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(ジュンくんが代表となって活動するLOVE FOR NIPPON. 自身の活動と平行してボラ
ンティア活動を続けるジュンくんだが、やはり大変なことも出てきているという。でも、
彼の目の光は静かだけれど輝いて、美しかったな。)
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(LOVE FOR NIPPONサポートグッズの一部!他にもステキなものたくさんあったから
クリスマスのGIFTにもいいね!)
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(All We Need Is LOVE ♫ 今日はジョン・レノンの命日だな〜!)