delete

泊原発へ!!アイヌの花矢!

友だちの吉村ケンちゃんから一枚の写真が送られてきた。
ケンちゃんは、前にも書いたがNEO(Nishiki Entertaining Outdoors)という屋号で
、夏の間は山口県岩国の錦帯橋の下を流れる錦川上流でラフティングやカヌーのガ
イドをやって、冬になれば北海道ニセコでスノボやバックカントリーのガイドをや
るアウトドア・マンだ。
でも、昨今、西日本有数の透明度を誇る清流、錦川の上流にはまたぞろ時代遅れのダ
ム計画があり、それと闘いながら、また川を下った瀬戸内海の少し西にはご存知上関
原発計画が進められていて、その埋め立て阻止にもシーカヤックで連れ合いのシホち
ゃん共々頑張っている。
ぼくら瀬戸内カヤック横断隊の隊長でもある海洋ジャーナリストの内田正洋さんが言
う「アウトドアって言うのは野外と訳されてはいるが、その真の意味においては環境
そのものだからよ〜!だからアウトドア・マンこそが、環境活動の最たる者であるべ
きなんだぜ〜」なんてことを最近聞いて大いに納得したのだが、このケンちゃんや同
じくシーカヤッカーの原(康司)くんたちこそ、それを地で行く真のアウトドア・マ
ンだと思うのだ。
そのケンちゃんの冬のフィールドのニセコの、その遠くない場所に今回全国的に有名
となった泊原発がある。
世界的にも最上級の絶好のパウダースノーが味わえるニセコ。そのオンシーズンであ
る冬場が特に泊からの風下となり、事故の懸念はもちろん、通常時でも微量の放射能
が原発から放出されていることを日々心配すると、ケンちゃんは常々語っていた。
ケンちゃんとは2008年だったか、広島の平和公園から山口の県庁までピースウォーク
で一緒に歩いたことがあった。そして瀬戸内カヤック横断隊や虹のカヤック隊でも一
緒に海を共にした。また参加は出来なかったが、錦川の里山のダム計画地からカヌー
で川を下って、河口の近くにある岩国の米軍基地を巡り、そしてシーカヤックに乗り
換えて上関原発予定地まで漕ぐ、そんな「水をつなぐウォーク」も主催したり、前岩
国市長と基地問題にも積極的に関わったりと。そんな自然環境、反核、平和を信念に
、日々アウトドアで活動するケンちゃんはまた広島生まれの被曝2世でもある。
そんなケンちゃんが昨年秋に北海道に出向く時、大阪にやってきて一泊していった。
その時に「電気の道をさかのぼる さっぽろ〜泊ピースウォーク」の話を聞いたのだ。
その時は泊が定期検査で止まる最後の原発になることは、今ほど意識してなかったよ
うに思うけれど、それは素晴らしい!と思ったのは憶えている。なぜなら、北海道は
日本であるけれど、それ以前にアイヌモシリという名前で永年呼ばれてきたアイヌの
人たちの住む平和な大地だからだ。
ぼくも若い頃、インディアンの人と親交を深めると同時に、同じ先住民として同じよ
うな過酷な運命を押し付けられてきた、この国の先住民であるアイヌの人たちともご
縁が出来て、北海道アイヌモシリにも何度か訪ねたことがある。その中には’88にイン
ディアンの人たちがアメリカ大陸の東オノンダガのクニから西海岸まで走り、太平洋
を渡って広島から伊方原発や浜岡、東海原発、建設中の六ヶ所村再処理工場を経由し
て泊原発、そして核廃棄物処理場の予定地だった幌延まで走った「SACRED RUN~大
地と生命のためのランニング」を迎えたアイヌの人たちもいた。
そんなアイヌモシリに押し付けられた数々の理不尽さの、その大きな象徴でもある泊
原発まで、祈りを携え歩くという仲間の想いがうれしいし、そしてこれはアイヌの人
にも繋がり、共に歩ければ尚いいな、と思ったのは当然だ。それで、ぜひアイヌの人
にもそのことを伝えて出来れば一緒に歩いて欲しいとお願いした。ケンちゃんも、地
元サッポロにはアイヌの人たちと懇意の友人もいるので当然伝わると思う、と。
そして翌朝早くケンちゃんは出発した。いつもは舞鶴からフェリーで北海道に向かう
のだが、今回は福島を訪ね、東北を巡りながら陸路で北上すると言い残して。
そして3月に入った頃だったか、ウォークを予定通り行うにあたって、インディアン
の人に倣って毎朝セージを焚いてから出発したい。それでセージを分けてくれないか
と連絡があった。ウォークの予定は前にも聞いていたが、本当は昨年の大地震そして
原発事故が起きた3/11にしたいところであるが、北海道はまだ雪が多く、それで一ヶ
月後の4/11から歩き始めると言う。
セージというのはアメリカ大陸の多くの場所で自生する植物で、インディアンの多く
の部族がセレモニーの前はもちろん何か事を起こすときに、乾燥させたセージの葉に
火をつけて、その清浄な香りとともにその煙が自分を浄め、その場所を浄めるために
使われる。たぶんこの日本でも太古には杉や檜の葉やヨモギなどで同じような目的で
使われていたのが、発展して線香やお香になっていったんだろうと思う。
ぼくはインディアンの人のセレモニーや精神的なウォークで、その使い方と効果をた
くさん体験していたので普段も時々それこそ線香代わりに仏壇でも焚いたりする。
もちろん買ったりしたことはなく、以前はアメリカで自分で摘んで持ち帰っていたり、
また現地に行った仲間がおみやげ代わりにくれたりするから、いつもけっこう身近に
ある。それで、今回は昨年のThe Longest Walk 3に参加して、ゴールのあとデニス・
バンクス氏がはじめたサンダンスに参加した7Generations Walkを主催する山ちゃんか
らいただいたセージがあったので、これを送ることにした。
山ちゃんがLongest Walkの出発地で自ら摘んだセージ。その山ちゃんは今年の3月11日
に沖縄から7Generations Walkを歩き始めていて、たぶん同じセージを毎朝焚いてウォ
ーカーの無事とその祈りが無事に運ばれることを祈ってるんだろうな、と想い、これは
いいなと思いながら。
もちろん山ちゃんともケンちゃんは上関で共に出会った仲間でもある。
そんな同じ亀の島アメリカ大陸を歩いて運ばれたセージが、日本列島の南と北で共に
祈りのウォークをその煙で、そしてぼくらの住むのこの大地、いまや放射能で痛めつ
けられたこの龍の島ヤポネシアを清め、癒してくれることもイマジンしながら!
さて、それから泊ウォークは無事に行われてはいるんだろう、とは思いながらも近況
も聞くことなく過ごしていたら、参加した誰かから無事に終わった!とケンちゃんと
一緒に写った写真がfacebookで目にすることが出来た。
そして先月アースデイ瀬戸内に行った時、今度は錦川に戻った直後のケンちゃんと久
しぶりに再会して、そこでゆっくりウォークのことを聞くことができた。その時ケン
ちゃんが持参して、アースデイでも祭壇のように祀ったのが、アイヌの人からそのウ
ォークにと頂いたイナウだった。
イナウというのは柳の木などを削って、その削った部分がクルクルとカールしたまま
残したもので、これを儀式の祭壇などに立てて捧げものとする。
以前アイヌの長老からは、神道で使う紙のお祓い棒のような御幣の原型だ、と聞いた
こともある。
でも、ケンちゃんの持ってきたイナウは先が鳥の顔のような形に彫られていて、タカ
かなにかの美しい大きな羽が付けられていた。それもそのはず、これを作ってくれた
のは石井ポンペさんというアイヌのエカシ(男の長老)で、インディアン運動のリー
ダーであるデニス・バンクス氏や喜納昌吉さんたちとSACRED RUNを何度も行って、
アメリカ、オノンダガにも駆けつけたこともある人だった。
ぼくも何度かお会いしたことあるポンペさんの、そんな数々の体験から想像するに、
インディアンたちが精神的な行為として走ったり歩いたりするときに、そのシンボル
であると同時にスピリットを運ぶ依代としての杖(彼らはスタッフと呼ぶ)、時には
イーグルフェザーやワシの爪や頭などで飾られた聖なる杖をイメージして、それでア
イヌ式のスタッフを作ってくれたんだな、と理解した。
それをこのウォークのリーダーが手にもって先導するように、とスタートの時に渡さ
れたんだと言う。
また、ポンペさんはウォークの最後にも現れて、今度は自作の弓と矢をもってきたの
だと。それをリーダーであるケンちゃんに手渡して、最後の泊原発を一望出来る場所
で、その原発に向けて、この矢を射て!もう2度と動くことのないよう、泊原発に向け
て高らかに射て!と言ったのだと。
その話をケンちゃんから聞いて、それは本当にスゴいことだと思った。
ぼくにはいままでインディアンの人たちがこの日本列島にやってきて、核のない未来
を祈って駆け抜けた’88年ドラゴン・イヤーからふた巡りの龍の年に、アイヌの矢が泊
原発に放たれたことの、その一連のつながりを思い起こしてうれしくなった!
アイヌの人の作る矢は、もちろん実用的なシカやクマを狩る狩猟用の矢もあっただろ
うが、一般には花矢という名前で、いまでも北海道のアイヌの観光土産でも売られて
いる。ぼくも以前’88や’90年のSACRED RUNに関わった旭川アイヌ記念館の川村シン
リツ・エアオリパック・アイヌ兼一さんからもらったこともある。
この花矢はイナウと同じように木の先端を削ったまま残して、そこにアイヌのシャー
マニックな文様を刻む。でも、これは本来はイオマンテなどでカムイとされるクマや
シマフクロウの魂をあの世に送る時に使うすごく神聖なものだったと聞く。それはカ
ムイの化身であるクマたちを、もてなして、喜こばせてカムイのクニに送り、またこ
の世にたくさん仲間を連れて帰って来てもらうための儀式に使われるものだと。
しかし今回の矢が花矢であったかどうかは、そこにいなかったので知る由はないが、
でもきっとポンペ・エカシの心の中には、なにかしらの魂送りの気持ちもあったので
はないか、と勝手に想像が膨らむのだ。
もちろん原発という怪物が、喜んでアノ世に帰って、そして再びたくさんの仲間を連
れてまた戻ってきても困るように、破魔矢という側面も多分にあったろうとは思うけ
れど。
でも、かつてインディアンの人から、ウランは地中深くにあってこそ母なる大地の内
蔵の一つとして、お母さんを健全に保つ役目があるんだ、と。その母なる大地を無理
やり切り裂き、その子どもでもあるウランを奪って、怪物に育てたのは人間なんだ、
って。
そして育った怪物が原爆であり、原発だ。だから、ウラン自体に罪はなく、欲にまみ
れた人間こそ罪が深いのだ。なので、もう決してウランを掘り起こすことなく、母な
る大地に静かに還さねばならないのだ、と。
ぼくは、ポンペ・エカシが作ってケンちゃんが射た矢には、そんな先住民としての生
命観 ”大地はすべてのお母さんで、水も木も石も空気も、そして生けとし生けるいのち
すべてはつながっている”という、そんな大いなる気持ちが込められていたんじゃない
かなあ、と想像するのである。
原発とされた大地の子、そのウランの魂を再び母なるモシリ(大地)に還し、もう2度
と、決して燃やされることのないよう、大いなる祈りを込めて!
ポンペさん、ケンちゃんありがとう!
ALL OUR RELATIONS !
HO !!
tomari%20walk.jpg