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LAKOTA WOMAN

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今日2月27日は若きインディアンの戦士たちがウーンデッド・ニーを占拠し独立を
宣言してから40年となる。合衆国軍隊と71日間にわたる闘いで彼らの内2人が亡く
なる最中、一人の男の子が産まれた。その若き母親として歴史に名を残したのが、
この2月14日にスピリットの世界に旅立ったマリー・クロードッグだ。
ぼくが初めてマリーと会ったのは、たしか’94年の夏、NY北部の森の中にあるグラ
フトン・ピース・パゴダだったと思う。その年の2月に行なわれたアメリカ大陸横断
のWALK for JUSTICEに参加して、一時帰国した後ゴールのワシントンDCに駆けつ
けた。
その後リーダーのデニス(バンクス)始めウォーカー有志は、デニスと縁の深い日本
山妙法寺のジュン庵主さんのグラフトン・ピース・パゴダにて、この近隣のシックス・
ネーションズらの人たちとの交流を兼ねたスピリチュアル・ギャザリングを開くため
に移動した。
そこでウォークに来ていたと思われるマリー・クロードッグに会った。
マリーのウーンデッド・ニーでの出産含めた自伝「LAKOTA WOMAN」が、ぼくら
ビッグマウンテンの仲間である石川ズニが翻訳し、それを読んでいたこともあって、
その人となりは知っていたつもりだった。またかつてのインディアンたちのWALKで
のマリーの激しさも、それに参加していた先人たちから聞いていた。
でも初めて会ったマリーはとても穏やかな人で、自分の思っていた印象とはずいぶん
違っていた。しかし、ジュンさんのお寺でスウェット・ロッジがあり、そのマリーが
リードする女性スウェットに入った女性たちから口々にそのレジェンドに相応しい感
想を聞く事となった。
通常スウェット・ロッジに使う石の数はだいたい決まっている。それでも女性のスウ
ェットは熱くて長いのが定番だ。しかしマリーがリードするロッジでは、最初から真
っ赤に焼けた石を際限なく積み上げていって、まるで富士山のような大きな火山が出
来るのだと言う。そこに水をバシャバシャかけるのだから想像を絶する。案の定、中
に入った人の殆どは最初のラウンドが終わると飛び出していき、最後に残ったのはマ
リー本人以外では、ジュンさんとカオリコだけだったと言う。
祈りの強さ、祈りへの厳しさの、その現れだと思う。
その後、またWALK一団はパイプストーンで行なわれていたAIMサンダンスに出かけ
るためキャラバンを組んで移動した。ぼくらも自前の古いダッヂVANで、先ずはサウ
スダコタのクロードッグ・パラダイスでのサンダンスに向かい、その後パイプストー
ンに行った。
そのサンダンスが始まる直前だったか、チーフ・クロードッグの誘いで、ウーンデッド
・ニー・ヴェテランの一人でもあり、またすごくカッコいいティピを作っていた今は亡
きジェリー・ロイの家におじゃました。
そこにはデニスやこのサンダンスのチーフをしていたクライド(ベルコート)ら有名
なAIMリーダーたちこそ来ていなかったが、ウーンデッド・ニー占拠のウォー・チー
フだったカーター・キャンプやチーフ・クロードッグ、そしてマリーたちが揃っていた。
そしてウワサでは聞いていたがまだ上映される前の、そのテレビ映画化された
LAKOTA WOMANのビデオをマリーが持っていて、それをみんなで一緒に観る機会に
恵まれた。
ドラマが始まると、その時代の彼らの過酷な現実が素晴らしく描かれていて一気に引き
込まれた。
若きマリーと、当時のボーイフレンドとの恋の場面では、息子のペドロが「これがオレ
の親父か?」と聞くと、すかさずマリーは「これじゃない!」。
そしてウーンデッド・ニー占拠のクライマックスである、子どもを産むシーンを、その
実際のマリーと、そしてそこで産まれた子どもであるペドロと一緒に観る。
また他のいろいろなシーンでは、「そこはその通りだ」「ここは少し違う」と、本物た
ちがコメントする。
TVの中ではAIMのスピリチュアル・リーダーとして聖なるパイプを手に銃弾飛び交う中
で儀式を行うクロードッグ(役)を観ている。外では本物のチーフ・クロードッグ自ら
マリーの故障したインディアン・カーのボンネットを開けて修理していて、中からの質
問に時折応えていた。
主人公のマリーはもちろんその家で観ているAIMリーダー達の役を、その名前で演じる
ネイティブの役者たち。実在の彼らの特徴や言い方もけっこう真似ていて、実際カータ
ー・キャンプなんかはそっくりだった。
しかし、だんだん観ながらヘンな気分になってきた。
実際この時は、本当に吹き出しそうになるくらいおかしな時間だった。起こった現実は
シリアスで、リアルなことだ。けれど、それを必死で演じるネイティブな役者より、ど
う見てもここに居る本物たちの方が何倍も迫力があるし、当たり前だがリアルなのであ
る。
我ながらスゴいシチュエーションにいるもんだ、と今思い出しても頭がクラッとする。
そんなマリーに最後に会ったのは、それから数年後のビッグマウンテンでのサンダンス
だった。
まだニッパシさんが元気だったから、’96,7年頃だっただろうか。
ぼくら日本人のキャンプにも遊びに来てくれてLongest Walk以来、旧くからの友人で
あったニッパシさんの言うジョークに笑っていたな。
相変わらず穏やかなマリーだったけれど、やはりその静かな姿の中にも生きてきた時代
とその生き様は、その存在から伺えた。
オヒティカ(BRAVE)ウーマン、マリー、そして旅立った多くの勇者たち、後に続く
我ら全てをこれからも見守ってください。
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