RETURN TO TRIBE

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ポリネシアの古代双胴カヌー、ホクレア号がミクロネシアを経由してヤポネシア
を沖縄から北上し瀬戸内の祝島に現れたのは、一年前の5月20日だった。
ぼくらはシーカヤックに乗って海上で出迎え、祝島で4年に一度、もう1200年も
続いている海上神事、神舞(かんまい)で使われる櫂伝馬船と古代カヌーが出会
う様
を涙で霞ながら見つめていた。
いつか来るホクレアをぼくらの生きるこの海で迎えたいとシーカヤックを始めた。
その夢が叶った瞬間!
この時の感動は一年たった今でもまざまざと甦ってくる。
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このGWの頃、伊豆半島の各所で興味深いイベントが行われた。
その名もRETURN TO TRIBE ”部族回帰”
ぼくは最終日にしか行けなかったけど、前半にはWPPDを機に親しくつきあってい
る若手アイヌのリーダー的存在、結城孝司さん始め、彼が代表をしているアイヌ・
アート・プロジェクト
の面々が来てカムイノミやライブをやって帰ったと聞いた。
アイヌ・アート・プロジェクトはアイヌの伝統外洋船イタオマチップの復元にも関
わる人たちで、去年ホクレアがゴールした横浜へも駆けつけてクルーを招いてカム
イノミも行った。
今回は会えなかったけど、結城さんとは今年の2月に久しぶりに泊まりがけでゆっ
くり近況を語り合った。
この時は彼が事務局長となって7月にアイヌモシリ(北海道はかつて、人=アイヌ
の住む大地=モシリと呼ばれていた)で行う先住民族サミットの話が中心となった。
その少し後北海道で行われるG8先進国サミットへのアンチテーゼとまではいかない
けれど、結城さんがポツリと言った「先進国の人間だけが、どうして地球の未来を
決めれるんだろう?」という言葉にぼくの知ってるインディアンの友達やホクレア
でやってきたハワイの人たちの顔が浮かんだ。
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結城さんは映画「ホピの予言」上映を通じて活動するランド・アンド・ライフの辰
巳玲子さんの招きで4月にふたたび神戸のモダナーク・カフェにやってきてストー
リーテリングや先住民族サミットの事をいろいろ話した(上、写真)。
この時に聞いた話のなかで一番残っていること。
それは’94年からの第1次に続いて、’05年より国連の定めた「第2次世界の先住民の
国際10年」が始まり、国連が先住民の権利を尊重することを呼びかけた事に対して
日本政府も支持しているにも関わらず、アイヌをいまだ先住民として正式に認めて
いないということ。
それに関して、国会で質問を受けた福田首相が、
「我が国には、先住民の可能性のあるアイヌの人たちがいるというのは認識してい
る」と答弁した、という話だ。
やっぱり、あれかな? 認めてしまうと北方領土もアイヌの人たちに権利が生じち
ゃうから、なんだろうか? もちろん北海道も・・・??
さて、多分にその辺は政治のことなんで、わからんこともいっぱいあるわなー??
と思っていたら、最近、ネットから関連するニュースがいろいろ飛び込んできた!
詳しくは北山耕平さんのブログにもありますが、
北海道選出の超党派の議員たちが、アイヌを日本の先住民と正式に認定する決議採
択に向けて国会に提出する
という。
そしてそんな動きのなか、アイヌという、民族名ではあるが、いままで差別的にも
使われてきた名称を使わず、同胞という意味のウタリを名乗ってきた、北海道ウタ
リ協会が「北海道アイヌ協会」に名称を来春にも変更する
と。
また、正式に認定されるための儀式もアイヌの英雄シャクシャイン像の前で行われ
たという。
何かが動き出している・・・?、そんな予感?!
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これは、GWの伊豆の下田の海岸で行われた、RETURN TO TRIBE、最後の夜のはじ
まりに行われたアイヌの儀式カムイノミの準備風景。
右端に座っているのがアイヌのリーダーの一人、石井ポンペさんで、ポンペさんとの
出会いは10年前に遡る。
いま日本の友人も何人か参加してアメリカ大陸を西から東に歩いている
LONGEST WALKの提唱者であり、アメリカインディアン運動の指導者のデニス・バ
ンクス氏が行ったSACRED RUN の’98 ランの時に、沖縄の喜納昌吉さん共々、ポン
ペさんはアイヌモシリの代表として関わり、ヤポネシアの南北からそれぞれインディ
アン達と走って鎌倉の由比ケ浜に到着した。
その時、ぼくらはラコタのスピリチュアル・リーダーでビッグマウンテン・サンダンス
の指導者でもあるチーフ・クロウドッグ氏と一緒に出迎えた。この時、デニスの作った
アイヌモシリ、ウルマ(沖縄)、ヤマトの名を入れたインディアンソングがエイサー隊
のドラムと共に太平洋へと響きわたった。近くの大仏様の前では、「神戸からの祈り、
東京おひらき祭り」
も行われ、ボブ・サム氏はじめ各地から集まった先住民の人たち祈
りが捧げられた。(おーっ、そうだった、平成10年10月10日だった!)。
ポンペさんとはその後、北海道ホピの丘で毎年行われるマザーアースフェスティバルに
ディネ(ナバホ)のチーフたちと参加した時にもお会いし、この時初めてアイヌ・アー
ト・プロジェクトの結城さん、早坂さんたちとも出会った。その縁が2004年夏至の
WPPD富士山にも繋がり、アイヌ・アート・プロジェクトともどもポンペさんにも来て
いただいて、祈りの輪の最初にカムイノミを執り行っていただいた。
今回ポンペさんの隣にいて、この儀式を執り行ったのがエカシ(長老)の秋辺今吉さん。
初めてお目にかかったが、フライヤーには90才!とあったが、とてもそうは見えない!
伝統的な衣装をつけてると尚更、太古の昔から抜け出して来たような、そんな雰囲気が
漂う。
ポンペさんが傍らで削る、カムイ(カミ)の依り代になる木を指して、
「これはイナウという、日本の神社で使う紙の御幣の原型なんだよ〜。紙が伝わる前には
元は木で作ってたんだよ〜。この木は柳で、柳は雨にも嵐にも倒れない木で、枝が流され
ても着いたところで根を張ってまた生えてくるから、永遠のいのちを象徴するんだよ〜」
と教えてくれた。
そして、カムイノミが始まったら、
「これは何千年も前から伝わる、古〜い古〜い祈りのカタチなんだよ〜。みんな憶えてお
きなさ〜い」
そうしてGRAND MOTHER FIRE アペ(火)フチ(祖母)カムイに祈りを捧げる。
日が暮れて暗くなった海岸に座り、いっしょになって独特の動作を真似ながら儀式に参加
していると、あたりの気配が変わっていくのを感じた。
今回のカムイノミは今吉エカシの夢に基づくものだと説明があったが、多分にそんなシャ
ーマニックな雰囲気が漂っていたのは、ニブいぼくでも感じ取れた。
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カムイノミの後、踊りを披露され、「アイヌの踊りは左回り(時計回り)だよ〜。何故な
ら自然界には水の渦も貝殻もこの向きしかないからだよ〜。」とその独特の口調で丁寧に
アイヌの伝統を説いてくれ、自ら率先してまわりをウズに巻き込んでいった。
なんて言っていいか、、、今吉エカシ、存在感抜群! だったな〜!
( 続 く )

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