冬の花道

二日つづきの雪晴れ
バラ色の夕あかり
人は なつかしむ
昼に輝く あの星を
夏に輝く あの花を
星あかり
雪あかり
重いブーツ
凍てつく 枯れアザミの草原踏めば
散りきらめく 太陽の花びら
ブーツのあと
兎 コヨーテ 鹿の足あと
この大地 黄道 さらに銀河
冬の花道 
 
                  1981・2
                  タオス平原
   (新装 犬も歩けば ナナオサカキ 野草社より)
季節は冬至から一日過ぎ、また陽が一日長くなった今日12月23日はナナオの命の日。
一年前のこの日、南アルプス赤石岳を望む大鹿村のボブさんちの離れで、少々くた
びれたこの重くて古いブーツを脱ぐように、裸足のまま旅立ったナナオ
その顔はやすらかで実にいい顔だったなあ。
ナナオと最後にあったのは、そういやいつだったか?
この10年あまりのあいだにいろんなとこで出会っていたけど、去年も、たぶんおと
としも会ってないような気がするな。
晩年のナナオは足少し衰えて一人の旅が少しやりにくそうだったけど、それでも
水人(やまうと)
や白山の祭りや時にはアメリカ亀の島にも出掛けていたのは風の
噂で聞いていた。
たぶん最後に一緒になったのは、3年前の2006年4月26日。ちょうどチェルノブイ
リ20年目の時だった。
NO NUKES ! ONE LOVE『4・26を核のない、つながる一つのいのちを祈る一日
に!』
と僕や内田ボブさんが呼びかけたイベントNO NUKES 4・26に来てもらった
んだが、このイベントは新宿のロフトプラスワンで行われたオールナイトの集いで、
そのちょうど日付けが変わる頃の真夜中にナナオ大長老の登場となった。
その時ナナオの出番だけステージを飾ったのは手弁当で駆けつけてくれたcandle JUNE
くんの大きなキャンドルのデコレーション。
その灯りの中でナナオは静かに詩を詠んでくれた。
この時ふっと思ったことは、かつて’60年代をこの新宿で華麗で過激に過ごしたこの詩
人が、そこから地球Aを歩き巡った旅の果てに、ふらりとまた、この様変わりしている
けれどもこの思い出深い古巣に戻って、子や孫みたいな世代を前に、旅の匂いとその存
在の全てを伝えてくれてるんだなあ、と、。
いま思い返しても、こんな存在と人生で出会えたことは幸せだったと思う。
さて、次はぼくたちがどんな存在として、受け取ったバトンを次の世代に渡せるだろう?
どんな歌を、どんな踊りを、どんな詩を、どんな夢を、どんな物語を、、、。
いや〜〜、もっともっと旅を続けなければ。
まだまだブーツは新しいから、ね!
 
 星を喰べようよ
ほんとだよ 子供たち
神様は
飛行機のために  空をつくり
観光客のために  サンゴ礁をつくり
農薬のために   畑をつくり
ダムのために   川をつくり
ゴルフ場のために 森をつくり
スキー場のために 山をつくり
動物園のために  けものたちつくり
交通事故のために 自動車つくり
幽霊が踊るよう  原子力発電所つくった
    
   子供たちよ  大丈夫
   井戸は    涸れない
 
   ごらんよ   夕焼け
   畑に     向日葵
   空に     赤とんぼ
   ちっちゃい子供が 歌い出す
   星を     喰べようよ
            1988・9
            北海道 忠別川
   (ナナオサカキ詩集 地球B   人間家族より)

(チェルノブイリ20年目の直前に行われたアースデイTOKYO2006でのクロージングで。
この時はぼくも進行をさせてもらい、内田ボブさんやチナキャッツ、天空オーケストラ
の岡野くんたちと共に同じステージにいれたのはいい思い出です。また、この時の全映
像が入ったDVD付きCDを内田ボブさんの新譜で作っています。よろしければどうぞ!)
NANAO.jpg
(ナナオのリュックや旅道具:2009年3月1日 京都市の郊外、田んぼと里山に囲まれた
「わく星学校」であった”ナナオサカキの旅立ちを祝う集い”にて)
 
NANAO.01.jpg
(同じくそこで上映された自主制作ドキュメンタリー映画「スワノセ第四世界」より)  
名前のない新聞のあぱっちさんが立ち上げたナナオのサイト「ナナオサカキの
ホームページ」
http://amanakuni.net/nanao/index.html

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